若草山の山焼きをする理由と意味!なぜ?

私が住んでいる市では野焼きは禁止されていますshittoku!スタッフ まぽりんです(^O^)/

奈良県の若草山と言えば鹿と山焼きが有名ですよね!

 

行事として若草山の山焼きはとても有名ですが・・・

山焼きする理由や意味って考えたことありますか?

 

かく言う私は、意味よりもあんなにも沢山いる鹿が山焼きの間どうなっているのかが

気になりました^^;

ついでにそんな若草山の歴史についてもチェックてみましたので山焼きを見る前にチェックしてみましょう\(^o^)/

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若草山の山焼きをする理由

 

若草山をわざわざ山焼きをする理由というのは町おこしでもあり、冬は暖房やストーブを使う時期で火災が起きやすいです火災防止の呼びかけをするためです。

 

また若草山の山頂にある「鶯塚古墳(うぐいすづかこふん)」の霊魂を鎮めるためともされています。

この鶯塚古墳は清少納言が書いた枕草子にも書かれていて、仁徳天皇のお嫁さんのお墓ではないかとされています。

大阪にある大仙古墳のようにはっきりと古墳があるわけではありませんが、昔は埴輪が出土されていたようですよ(^^)/

 

山焼きとは?

若草山だけではなく、各地で山焼きはされている意味って、知ってますか?

意外と観光で見られている方は多いですが山焼きが何の為にしているか聞かれると・・・?ですよね^^;

 

山焼きとは
  • 害虫駆除と肥料にする為
  • 牛や馬の干し草の原料を作る為
  • 土壌の改善をして災害対策
  • 若草山の山焼きと同じ観光を兼ねた地域活性化

 

山焼きをする時期は1月~2月頃です。

冬になると木や草は枯れてしまいます。

「枯らすぐらいなら害虫駆除も兼ねて焼いて肥料にしちゃえ!」

という先人の知恵なんですね。

 

それ以外にも馬や牛の餌となる干し草の原料を作るためにも焼いています。

こうやって山の手入れを1年に1回することで土砂崩れなどの災害も少なくなるみたいです\(^o^)/

良いことづくしで自然な緑も守られ災害防止にもなる大切な行事なんです!!

 

でも地方によっては山焼きを禁止している地域も沢山有ります(-_-;)

理由は公害問題や火事の原因に繋がることが原因とされています。

奈良の若草山の山焼きが一番有名ですが、日本では他にも熊本県の阿蘇山や山口県の秋吉台も行っています。

日本だけでなく熱帯地方も熱帯林を野焼きしているみたいですよ!

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鹿は大丈夫?

奈良の若草山と言えば鹿、シカ、しか。。。

そんな沢山の鹿は山焼きの時はどうしているのかふと気になりました笑

 

まさかの放し飼い!?(・・;)

 

実は鹿は事前に入って来られないように鹿避けの柵がつけられるので入って来られないんですね(^^)

ということは柵を立てる人が勿論居るわけですが・・・

 

調べてみると私のふと気になった事とは裏腹。

若草山の山焼きは沢山の人達が観光客を楽しませる為に裏では大掛かりな準備が有りました。。。

 

実際の山焼きの範囲は東京ドームおおよそ7個分の面積になります(゜o゜;

事前準備として鹿よけの柵は勿論ですが、実は綺麗に山焼きが見れるようにする為にもっと前から準備しているんですね!

 

枯れたすすきが多いと綺麗に燃えるのですが

最近は鳥などが外来種の草花や樹木の種を運んでくるようです(-_-;)

樹木は燃えにくいですし、外来種の植物が増えるとすすきが減ってしまいすすきが減ってしまします。

 

なので関係者やボランティアの方が春先になると約1000株のすすきの苗を植え肥料を与え育てくれているのです。

それでも鹿が苗を食べてしまったり外来種対策があったりと山焼きまでの間、すすきを守りながら育てておられるようです(・o・)

 

毎年綺麗な山焼きが見られるのも、そんな裏舞台で準備や用意をしてくださる方々が居られるからこそ見られるんですね\(^o^)/

若草山の山焼き!起源と歴史は?

若草山の山焼きが行われるようになったのは諸説あります。

どれが正しいかは一概には分かりませんが、一番有力な説をお伝えしますね。

 

江戸時代より前は若草山は興福寺の持ち物でしたが、江戸時代になると幕府の持ち物になりました。

元々若草山の近くの農民たちが若草山の木々を焼いて、農業に使う肥料にする習慣があったんですね。

しかしある日その習慣が祟って、東大寺の境内まで火が燃え広がり

「寺が燃えるじゃないか!!」

と東大寺のお坊さんは不満を持っていました。

東大寺には大仏もありますし、焼けたら大変なことになりますもんね。

 

お坊さんは奈良県の奉行所に行って「何とかしてくれ!」といいますが、奈良奉行所の役人は

「元々は興福寺のものだから興福寺が管理するように言うよ〜(^^)v」

と責任転嫁したのです。

無責任ですね(汗)

 

これに興福寺の人たちも不満を持ち、

「幕府の持ち物なんだからお前が管理しろ!結局若草山は私たちが幕府かどっちのものなんだ!」

と言い争うようになり、東大寺と興福寺が喧嘩をするようになってしまいました(;_;)

この争いを鎮めるために奈良奉行所は若草山を預かって山を焼いて鎮めたというのが起源のようです。

 

他にも山焼きをしないと鬼が出るといううわさがあったからするという話もあります。

江戸時代後期からは東大寺に燃え移らないように火消しをする人を配置して、山焼きをしていたみたいですよ。

 

今回のチェックポイント!

  • 若草山の山焼きは町おこしでもあり、若草山の山頂にある古墳の霊魂を鎮める為。
  • 山焼きは害虫を駆除するためでもあり、焼いた木や草を肥料とするためにする。
  • 事前に鹿よけの柵を用意したり、山焼きの為に裏方の仕事をしてくれている方が居る。
  • 山焼きは東大寺と興福寺の争いから始まった。

 

山焼きについて色々な知識がついたところで、早速若草山の山焼きを見に行って下さいね!

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